その前に本日の番外編の見どころである。
それは何といっても今回初の試みというアンティーク着物での対局だ。
藤沢里菜先生は、紅葉や吉祥の花が襟元にあしらわれた赤地の着物、上野愛咲美先生は、大輪の牡丹が胸元に染め上げられた黄色地の着物。

華やかな装いに観戦者からも歓声が沸く。
お二人も笑顔を向けたが、この後、その表情はガラリと変わる。

舞台となるのは鶴翔閣。床の間には、青龍の文字が描かれたお皿が飾られている。
記録と読み上げをする係が席につく。

その後登場する藤沢里菜先生と上野愛咲美先生。
(ここからは敬称を略して書かせていただく)

始まるまでの数分は、着物の袖が石を打つのに邪魔にならないかと確認しあったり、談笑したりと、普段とあまり変わりない。
だが、「時間が来ました」の声で両者の表情が一変した。

挑戦的集中力がその場の空気さえも凛と張り詰めさせ、物音一つ立てられない緊張感に辺りは包まれる。
まさに神の住む盤上の宇宙での戦いが始まるのだ。

最初の数手だけその場で観戦し、後は別室で本木九段と一緒にモニターで見る。

「30秒での早打ちです。あまり考える時間はありません」

思考ではなく、長年積み重ねた経験と勘を動かすということか。

藤沢が黒。上野姉が白。
まずは互いに星を打つ。
そして四手目に上野姉が小目、六手目で大ゲイマとつなぐと、藤沢がナダレへと持ち込んだ。

「難解な定石の一つで、相手の形を隅に限定させる打ち方です」

ここでナダレの説明もしたいが、先が気になるので急ぐ。
二十一手までで、その定石が一段落した。
上野姉が隅の陣地を確保し、藤沢が中央へと向かう形成だ。
おだやかに進行してるように見えたが、本木九段の言葉を借りると、
ここから「バチバチの戦いが始まった」のだ。

藤沢がまずは仕掛ける。

左下の陣地を確保すると前に出た。
虎視眈々と中央を狙いだす。

追いつめられていく上野姉。

「一つの切っ掛けからです。キって死んだと思っていた黒石が動き出したんです」

藤沢がコスミでつなぎ、捨て石だと思っていた石を生き返らせた。

それが最初の方で打って置いた他の石と連動しだした。
まさに送り込んでおいたスパイたちが功を奏したのかもしれない。

中盤に差しかかる。上野姉がどう応戦し、切り抜けるかが勝敗の分かれ目。

今までの二人の対戦成績は、藤沢から見て23勝18敗。

藤沢の方が強いことになる。
だが、上野姉はその週、世界戦で初のメジャー制覇を成し遂げたばかり。
このまま追い詰められて終わるはずはない。

そろそろ、アレがでるかもしれない。
アレとは、上野姉の得意技、相手の石を超攻撃的に打ち倒す必殺技のことだ。

「ハンマー持ってニコニコしながら、どこまでも追いかけてくる女子校生!」
と、以前ネットで話題になったことから、その技がハンマーと呼ばれるようになったという。

余談だが、上野姉は囲碁を楽しむ、どんな時でも楽しんでいる。
なので、必死に逃げる相手を追いかけている時でも笑顔になってしまう。
想像すると、ある意味ホラーのような気もするが……。

      

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