そして、ついに出た!

藤沢が作り上げた中央左寄りの黒の壁に向かって上野姉がハンマーを打ち込んだのだ。
だが、その壁は……。
ハンマーでぶち壊せないくらい強固で厚い。

「形を無視して振り上げた、やけくそハンマーです!」と本木九段。

やけくそハンマー、そんなのがあるのかと思うが、規格外の手、教科書に載らない手ということらしい。

「けれど、こうなったら上野姉は恐い、リスクを気にせず攻めにくる!普通の相手ならビビるくらいに」
やはりニコニコハンマーは恐ろしいようだ。

だが、無謀と見えたこのハンマー作戦だったが、何と徐々に相手の厚みをこじ開けだした。
上下左右の味方の石とつないで、黒の壁に並行する白の流れを作ったのだ。
その成り行きをみていた本木九段から、訂正が入った。

やけくそと言ったが、やけくそではなかったかもと。

どうやら上野姉は十五手先を読んでいたらしい。
そして本来ならつなげられない道をつなげたようだと。
けれど、相手は絶対女王。正々堂々と受けて立った。

隙のない運びを続け、ギリギリで壁の破壊を踏み止めた。
こうなるとまたしても藤沢が優勢か。

中盤の後半は、今度は藤沢が攻める立場となり、白がピンチ。

九十手目で左辺に一間おいて並ぶ黒石に割り込みを仕掛けたが、中央で損。
早くしのぎたい上野姉と、そうはさせまいと攻め続ける藤沢。
と、逃げ続けているとヤバいとばかりに上野姉がトビを繰り出す。

一間トビだ。

だが無視する藤沢。
こういうクールなところが女王の持ち味でもある。

そして、藤沢が得意な終盤戦に持ち込んだ。ここからはヨセの戦いだ。

「一目二目の戦いになりますね」
との本木九段の後ろで「そうですね」と相槌を打つ声が。
振り向くと、中国を制し世界王者となった一力遼棋聖もモニターを覗き込んいる。
囲碁界のプリンス一力棋聖も、この青龍戦を応援するため観戦に来て下さった。感謝。


盤面に目を戻すと、着実に終局へと向かっている。

「半目の女王」という異名を持つ藤沢は、時間があれば最後まで石の行方が計算できるという。
その藤沢にはもう勝負の行方は見えているはずだ。

結果は、黒番の一目半勝ちで勝負は終わった。
中盤以降、まさに息つく暇のない激闘となった今回の対局。

物語のクライマックスは、負けてはしまったが、やはり上野姉のハンマーだった。
無謀だと思われた一撃だったが、確かに藤沢を追い詰めかけた瞬間だった。

その時の感想を上野姉が取材で答えていた。

「中盤辺りで間違えました。余裕ぶっこいていたのに、あれ、私ヤバいんですけど、となっていた」
笑っていたが、次は必ずという闘志があるはずだ。
これからもこの二人の対局は目が離せない。

今回、青き龍が微笑んだのは、絶対女王藤沢里菜。

その名の通り、やはり強かった。

      

小松江里子

Eriko Komatsu

観戦エッセイ 筆者

NHK朝の連続テレビ小説「どんと晴れ」NHK大河ドラマ「天地人」「花燃ゆ」映画「利休にたずねよ」「天外者」など日本を代表する脚本家として数々の作品を発表。

映画『海難1890』では第39回日本アカデミー賞優秀脚本賞受賞。

囲碁はまだ初心者だが、その面白さにハマり、脳を活性化させるためにも勉強中。

小松江里子
ページの先頭へ戻る